十一月──【地之章】

やうやくに くさめおさまる しゅうなかば
やうやくに嚏治まる週半ば

ひたすらに ほんよみをりし あめのふゆ
ひたすらに本読みをりし雨の冬

おわりしの ひとつふたつや つわのはな
終わりしのひとつふたつや石蕗の花

かんらんしゃ まわることやめて ふゆびより
観覧車廻ること止めて冬日和

こはるのひ あしやはまにて きょしにあふ
小春の日芦屋浜にて虚子に逢ふ

ふゆのとり ひとりどりにて つらぬけり
冬の鳥独り鳥にて貫けり

あさぼらけ あるきにすとあゆむ かみのるす
朝ぼらけアルキニスト歩む神の留守

  # by tanaby07 | 2009-11-21 17:53 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

グッドバイ

かつて大阪千里丘陵で、“オーサカバンパク”が開催された。開幕は1970年3月14日、そして9月13日に閉幕した。「人類の進歩と調和」がテーマだった。入場者総数は6400万余だったという。(参考:1985年のつくば科学万博は2000万、2005年の名古屋万博は2200万)。目標数字は3000万人というから途轍もない数字だった。
我が身は、この年にいわゆる“社会人”となった。

1972年、“夢の跡”は「万博記念公園」(地図は 此処 )として再スタートを切った。自然文化園があり、日本庭園がある。格好の空間だ。我が家から歩いても約30分、素晴らしい広場だ。
そして、エキスポランドもあった。

“エキスポランド”。先ほどの地図のモノレール「万博記念公園駅」の東側ブランク部分に、かつてそれは在った。人気遊園地だったが、人身事故を起こした。一時再開したが、来場者数が低迷し、廃園を余儀なくされた。
たくさんあった遊具は撤去された。残っていた観覧車テクノスターの撤去作業が進んでいる。テクノスターは、つくば博で活躍したものを移設したものだった。直径85メートルは、つくば博開催年1985に因んだものだったというが、安全な乗り物として多くの人に親しまれた。私も幾度か乗ったことがある。
今月中に作業は終わるということだ。

〔2009年11月7日撮影〕 ゴンドラは降ろされ、外周部分は外された。
〔2009年11月14日撮影〕 「エキスポランド」の文字も撤去された。

ウオーキングの折に撮影したものだが、已むを得ないにせよ寂しいものがある。
それは、私が勤め始めた年にバンパクがあって、勤めを終えた年にテクノスターが解体されるという、“時の一致”に思いを致すということであるのかも知れない。

グッドバイ。

  # by tanaby07 | 2009-11-19 15:59 | 彷徨 | Trackback | Comments(0)

十一月──【天之章】

ほっしんの にょぼさつとおき くれのあき
発心の如菩薩遠き暮の秋

くさやきゅう かいだきゅうおん ぶんかのひ
草野球快打球音文化の日

まんぽけい あさつゆのくさ ふみながら
万歩計朝露の草踏みながら

さいじきの やってみたきや はすねほり
歳時記のやってみたきや蓮根掘

じゅしょうしゃめい ひとつずつよむ きっかてん
授賞者名ひとつずつ読む菊花展

  # by tanaby07 | 2009-11-10 18:54 | 俳句 | Trackback | Comments(4)

十月──【人之章】

ふるほんや のぞいてみたき あきびより
古本屋覘いてみたき秋日和

あしはらを ちいさきとりの とびたてり
蘆原を小さき鳥の飛びたてり

うしなひし みのおきどころ うそさむし
失ひし身の置きどころうそ寒し

はしるおとこ すぎゆくあきと きそひけり
走る男過ぎ行く秋と競ひけり

みずがもの じゅうわたいれつ やれはちす
ミズガモの十羽隊列破れ蓮

けんめいに まわろうとする このみごま
懸命に廻ろうとする木の実独楽

  # by tanaby07 | 2009-10-31 14:38 | 俳句 | Trackback | Comments(4)

『貧困と愛国』

【著者:雨宮処凛×佐高信 出版社:毎日新聞社 2008年3月発行】

「プレカリアート」という言葉を「雨宮処凛」(あまみや かりん)なる名前とともに知ったのは、さていつのことだったか。半年ぐらい前か。「プレカリアート」とはWikipediaを引用すれば、「precario(プレカリオ-不安定な)と Proletariato(プロレタリアート-無産階級・賃金労働者)を組み合わせたイタリアでの落書きから始まった語と言われ」非正規雇用者および失業者の総称である。
雨宮は、その「プレカリアート」の旗手と言うべき位置にいる。彼女は、1995年に「阪神大震災」と「地下鉄サリン事件」そして「戦後50年」の三つを二十歳で迎えたことが自分にとって大きかった、と言う。彼女は「右翼団体」に向かった。
一方の佐高は、元高校教員で辛口評論家として活躍中だ。教員時代に教科書を使わない授業をする組合活動家として名を成したが、辞めざるを得なくなった。(本書89頁)舌鋒鋭く、佐高が書くコラムのタイトル『毒言毒語』そのままの物言いを続けている。

そんな二人の対談本である。

「右翼」と「左翼」という分別に何程の意味、何程の有効性があるのかは知らぬ。右翼活動そのものの歌詞を唄うパンクバンドを結成した雨宮は、左翼へのシンパシーがあるという。オウム真理教に対する破防法適用に待ったをかけた佐高は、自身を左翼と任じているだろうが、雨宮の発言に左右のウイングを超えた運動を感得したに違いない。雨宮の聡明さが際立つ。面白い本だ。

  # by tanaby07 | 2009-10-28 10:50 | 渉猟 | Trackback | Comments(0)

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