IE9ピン留め

一月──【その弐】

しんねんかい おさはかくしゃく べいじゅなり
新年会長は矍鑠米寿なり

きたぐにで れいかにじゅうくど というにゅーす
北国で零下二十九度といふニュース

かんげつや ふみえふまざる ひとのゐし
寒月や踏み絵踏まざる人のゐし

ふゆぬくし がくせいおうらい ひゃくまんべん
冬ぬくし学生往来百万遍

おわらざるなつ よみおえて ふゆふかし
『終わらざる夏』読みおえて冬深し

  # by tanaby07 | 2012-01-20 18:23 | 俳句 | Trackback | Comments(2)

一月──【その壱】

こぞことし たびびとのごと いきかふて
去年今年旅人の如行きかふて

すつるべきもの すつるべし としあくる
捨つるべきもの捨つるべし年明くる

みつかすぎ こらはにんちに もどりゆき
三日過ぎ子らは任地に戻りゆき

ななくさの かほりかそけし あるやうな
七種の香り幽しあるやうな

がんかけて おひゃくどまゐり かんまゐり
願かけてお百度参り寒詣

  # by tanaby07 | 2012-01-10 19:46 | 俳句 | Trackback | Comments(2)

あけましておめでとうございます

新しい年が明けて一週間経ちました。

今年の年賀状に記した俳句は、こうでした。

なにごとも きっちょうとみし わらひぞめ
何事も吉兆と見し笑初

高校時代の国語の先生から、「何事も吉兆と見て(見し?)笑初」との年賀状添削的返信。「し」か、「て」か――。まあ、ここで「切れ」を入れたつもりなのですが。
去年、この国は未曾有の災害に襲われ、そして多くの人々の生命が奪われました。「空前」であったのかも知れませんが、決して「絶後」とは言えないでしょう。
エヘラエヘラと笑っている時ではない、のは実にそうなのですが、ほんのちょっとしたことを「良いことが起こる兆し」と思いたいものです。せめて正月ぐらい。

  # by tanaby07 | 2012-01-07 19:09 | 独語 | Trackback | Comments(1)

十二月──【その三】

わいんより あつかんのあふ だんぎして
ワインより熱燗の合ふ談義して

わけありて ことばをそへし がじょうかく
訳ありて言葉を添へし賀状書く

やすみいる こどもこえなる よばんかな
休み入るこども声なる夜番かな

ふゆばれや あせばみあるく のぼりざか
冬晴や汗ばみ歩く上り坂

ちらばりし このもどりきて おおみそか
散らばりし子の戻り来て大晦日

ちょうしょうと きかばなほなれ じょやのかね
弔鐘と聞かばなほ鳴れ除夜の鐘

  # by tanaby07 | 2011-12-31 23:59 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

字余りですが

けるんだいせいどう しゃしんいちまい ふるごよみ
ケルン大聖堂写真一枚古暦

いかにもヘタクソな俳句ではあります。何よりも、「上五」の字余りが自身でも気に入りません。句会で先生から「良いけれども、上五の字余りがなぁ」――。句を作る際に、いっそ収まる「五音」を、と考えないでもなかったのです。しかし、目の前にあった、このカレンダーが赦しません。




押し詰まってきました。今年もあと四日。
いろんなことがありました。その筆頭は、3月11日の東北地方太平洋沖地震でしょう。声も出なかった津波の圧倒的な光景。あの恐ろしいテレビ映像は眼裏に焼き付いています。そして原子力発電所にトラブル発生、今も放射性物質漏れによる汚染が続いています。原発事故の事後処理には、恐らく数十年という年月を要すると専門家は予想しています。

残り一枚の写真は「大聖堂」でなければならなかったのです。
拙き俳句はさておいて、そのケルン大聖堂を見ながらこの年を送ります。

  # by tanaby07 | 2011-12-27 18:39 | 独語 | Trackback | Comments(4)

十二月──【その二】

ときわすれ ねっとさーふの ふゆごもり
時忘れネットサーフの冬籠

くさめして またくさめして さんでやむ
嚔してまた嚔して三で止む

ともがらを かへてこよいも としわすれ
輩を変へて今宵も年忘れ

ごくげつの しょうせつこゆる さすぺんす
極月の小説超ゆるサスペンス

けるんだいせいどう しゃしんいちまい ふるごよみ
ケルン大聖堂写真一枚古暦

  # by tanaby07 | 2011-12-20 15:01 | 俳句 | Trackback | Comments(2)

十二月──【その一】

このとしの かたにおもたき ふゆのくも
この年の肩に重たき冬の雲

いくつかの おさそいめーる としわすれ
幾つかのお誘いメール年忘れ

かぞへびや じじゅんのひとの ふほうこし
数へ日や耳順の人の訃報来し

ふゆのあさ こむらがえりと ともめざむ
冬の朝腓返りととも目覚む

ますくして ないてばしょくの ふるほんや
マスクして泣いて馬謖の古本屋

つきもまた みつるにむかふ かんやかな
月もまた満つるに向かふ寒夜かな

  # by tanaby07 | 2011-12-10 18:22 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

十一月──【その三】

くひよみて こうひついおく ばしょうのき
句碑読みて考妣追憶芭蕉の忌

しわぶきを たゆうふとざお たつごとく
咳きを太夫太棹断つごとく

まさおなるそら てらまちの かえりばな
真青なる空寺町の帰り花

ふゆみかづき がんかのかんき みまもりし
冬三日月眼下の歓喜見守りし

まえをゆくひと おひこして ちりもみじ
前をゆく人追ひ越して散紅葉

  # by tanaby07 | 2011-12-01 15:46 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

戴いたkumaさんのコメントに

陰暦10月に神々は出雲大社に旅をするという信仰があります。諸国の神々が出雲に集結されるために留守となるゆえ神無月といい、出雲ではその月を神存月という――。
小生、2007年の11月に、こんな句を作っています。

しゅうごうの かみのしゅうぎで ふゆうらら
集合の神の衆議で冬うらら

さて、集まられた神々は何を議すのか。
慶事がテーマということであれば何よりです。「神の旅」信仰では翌年の縁結びを定めるというのですが、さて、国内各地の神々が夫々のお国でのあれこれの諸問題をそのままにして、縁結びだけがテーマというわけにもいかないでしょう。例えば、衆議一決、「本日は晴天に」も良いかも知れません。

あれこれの なんもんおひし かみのたび
あれこれの難問負ひし神の旅

残念ながら神ならぬ身に何ができよう筈もありません。身の丈に合ったことができれば、ということなのでしょうけれど。

  # by tanaby07 | 2011-11-21 18:43 | 独語 | Trackback | Comments(1)

十一月──【その二】

あれこれの なんもんおひし かみのたび
あれこれの難問負ひし神の旅

かきのはの いろまだき やまのべのみち
柿の葉の色未だき山の辺の道

まほろばを おきなとあるく こはるのひ
まほろばを翁と歩く小春の日

えんぴつで つわのはなかく ひとゐたり
鉛筆で石蕗の花描く人ゐたり

ていねんに いたらぬがよし だるまのき
諦念に至らぬが良し達磨の忌

けつれいの はがきとどけし しぐれかな
欠礼の葉書届けし時雨かな

  # by tanaby07 | 2011-11-20 18:33 | 俳句 | Trackback | Comments(1)

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